残念ながら…

 歌舞伎座は明日が千穐楽ですね。大好きな猿之助さん大奮闘の納涼歌舞伎、ずっと行こうと思っていたのですが、諸事情により行くことができませんでした。しばらく生の舞台を観に行く予定もありません。

その代わりというわけではないのですが、WOWOWで放送された『野田版・鼠小僧』を拝見しました。2003年に上演された、シネマ歌舞伎第1作です。

まだ40代の勘三郎さん、身体能力の高さとスピード感、そしてセリフ量、すっかり釘づけとなりました。

この作品には当時まだ20歳ぐらいの中村七之助さんも出ているのですが、よく通る声とその美しい姿は多くの出演者の中でもとても印象に残ります。

それからもう一人、まだ本名で出ている中村鶴松さんが、とても重要な役目を果たしています。

私を歌舞伎へと導いてくれた勘三郎さん。あと何十年も観続けたかったという気持ちはいつまでも消えませんが、勘九郎さんをはじめ、中村屋の皆様が活躍してくださっていることを嬉しく思います。個人的には今は少し歌舞伎から遠ざかってしまってますが、必ずまた歌舞伎の旅へと戻ります!

獅童さま

中村獅童さんが仕事復帰されました。

私がその名前を知ったのは、おそらく(観ていませんが)映画『ピンポン』からだと思います。そのあとの映画『阿修羅のごとく』を拝見し、その顔と名前が私の中に刻まれることとなりました。“四姉妹の中で一番目立たない三女の、気の弱い彼”それが獅童さんでした。

歌舞伎では2005年の中村勘三郎さんの襲名公演が、初めての拝見した舞台です。歌舞伎のことを何も知らない私にとって、その日の舞台上で名前を知っている数少ない役者さんの1人でしたが…残念ながらこの日の獅童さんは一幕だけの出演で、あまり記憶には残っていません。

それ以降は何度か博多座で拝見する機会がありましたが、長い間私には一出演者としての認識しかありませんでした。

地元博多座では母と一緒に観ることが多いのですが、いつの頃からか母が獅童さんの名前を口にすることが多くなりました。耳が遠くなり始めた母には、台詞が聞き取れないことが増えてきたようです。そんな中獅童さんの台詞は役柄のせいもあるのかもしれませんが、いつもはっきり聞こえると。

今では獅童さんの代表作となった『瞼の母』は静かに物語が進んでいきます。声を張るような場面はないのですか、それでも台詞は聞き取りやすく、静かに去っていくラストもとても感動的だったのを覚えています。

この10年でお役自体が大きくなっていったこともあるのでしょうが、獅童さんは私の中でいつも確実に印象に残る役者さんとなりました。中でも『怪談乳房榎』の、悪人ではあるけれど、色気たっぷりの磯貝浪江。また、石川五右衛門では、海老蔵さんの強いオーラに少しも負けていない強いワンハン。

私には“観にいく”役者さんが何人かいるのですが、いつしかその出演者の中に獅童さんの名前をみつけることが楽しみのひとつとなっていました。

さてこのたび秋の巡業が発表になり、日帰りできる場所での開催が予定されています。今回は出演者の1人としてではなく、中村獅童を観に行ってみようと思います。


歌舞伎のミカタ

歌舞伎座がものすごく盛り上がっているようですね。海老蔵さん親子の共演とあって、初歌舞伎の方も多いようです。

普段なら大向こうさん(○○屋!という声を掛けてくださる方々です)の声がほとんどなのですが、今月は“カンカン!!かわいい♡”等々の黄色い声援もあるようですね。勸玄くんの台詞を遮るような声もあったとか。(興奮されていたのでしょう、悪気は無かったと思います。)


以前中村勘三郎さんが話されていたのですが、勘三郎さんのお芝居をゲラゲラ笑って観ている子供がいたそうです。“こんなに楽しんでくれてる”と嬉しかったのに、その子は途中で係員さんから外に出されてしまったそうです。勘三郎さんは、“俺の今日の一番のお客だったのに、うるさいとかなんとか言う人がいたんだろうね、悲しいね”とおっしゃっていました。


今月は歌舞伎座に行くことができないので、その声援の凄さは想像することしかできないのですが、2013年12月の歌舞伎座を思い出しました。中村獅童さんがお母様を亡くされた翌日、文字通り降り注ぐような“萬屋!”“獅童!”の声が感動的でさえあったことを、今でもはっきりと覚えています。


長々と書いてきましたが、皆それぞれの楽しみ方で、観に行ってよかったと思えるように。そしてまだ歌舞伎を観たことがない方が、1人でも多く歌舞伎に足を運んでくださることを願っています。





余談ですが、私の大好きな演目『黒塚』を観に行ったとき、月夜の場面で携帯が二回も鳴りました。最低限のマナーは守りましょうね

(>_<)


私ごと

10年以上勤めた会社を辞めました。おそらくすでに人生の半分を過ぎている私が、次を何も決めずに辞めました。好きな業種ではありましたが、仕事そのものはずっと苦手だと感じながら続けてきました。無理をして頑張れば定年まで続いたかもしれませんが、さらにその先の人生を考えたとき、このままでは悔いだらけになる気がして辞めてしまいました。

この仕事を始めた直後に歌舞伎と出会い、地元博多座を始め、歌舞伎座はもちろん南座御園座などいろんな劇場を訪れました。この楽しみがあったから続けてこられたと言っても過言ではありません。年中無休のシフト制だったため、会社の行事や人との休み希望がかぶらない限り、わりと自由に休みを取ることができていたのです。

これから新しい仕事を探さなければなりませんが、やっぱり私には歌舞伎がたいせつです。いつの間にか歌舞伎のない人生は私の人生ではなくなりました。


博多座 夜の部

博多座の夜の部に行ってまいりました。

印象的だったのは成駒屋さん4人で演じられた『祝勢揃壽連獅子(せいぞろいことぶきれんじし)』です。谷に落ちた子供達が無事だとわかったとき、3人を見つめる芝翫さんの表情の優しいこと!その後獅子となった4人は毛振りはもちろんのこと、呼吸までもが揃っているようで、とても美しかったです。

特筆すべきは最後の演目『幸助餅(こうすけもち)』!

中村鴈治郎さん演じる穀物問屋の主である幸助が雷(いかづち)という関取に入れあげて、店を潰してしまいます。もう相撲には関わらないと誓って店の再建をしようとしますが、また雷に会い調子よく大盤振る舞いをしてしまう幸助。家人に諭されお金を返してもらおうと雷の元を訪れますが、相手にされません。数年後、恩知らずな雷への怒りをバネに餅屋として成功した幸助の元に雷が現れます。

そこで数年前の雷の態度は幸助を思ってのこと、餅屋の成功の裏にも雷の力があったことが明らかになるという物語です。

鴈治郎さんの幸助が素晴らしかったし、中村亀鶴さんの雷も姿も声も良かったです!

もともとこの雷は中村獅童さんが演じる予定でした。いつか獅童さんでも観てみたいです。

麻央さん

一度だけ新橋演舞場のロビーでお見かけしたことがあります。それだけなのにこの3日間、海老蔵さんのブログを見たり、テレビで麻央さんの映像を見るたびに涙が溢れます。そしてその美しい生き方が心に沁みていきます。


亡くなられたことが公表された23日、博多座の夜の部を観に行きました。夜の部には口上があります。4年半前中村勘三郎さんが亡くなられたあと、勘九郎さんの襲名披露公演千穐楽の口上を聞きながら、私は約20分泣き通しでした。

開演前にその時のことが一瞬頭をよぎったのですが、今回はそのようなことはなく、冷静に成駒屋さんのお祝いができました。これについてはまた改めて。




シネマ歌舞伎

シネマ歌舞伎東海道中膝栗毛〈やじきた〉』を見ました。

以前は年間50本以上映画館で映画を見ていたのですが、最近はほとんど見なくなってしまいました。歌舞伎を観始めた頃から少しずつ減ってきたのは、生の舞台の魅力に取り憑かれたからかもしれません。

じつはシネマ歌舞伎にもそれほど興味はなかったのですが、チケットをいただいたので初めて行ってみました。

大好きな猿之助さんということもあるかもしれませんが、予想よりもずっと臨場感がありカメラワークも素晴らしくて、ものすごく楽しめました!ぜひまた行ってみたいと思います。

そして今年の8月もまた猿之助染五郎コンビの〈やじきた〉です。しかも現在サブタイトルを一般公募中です。ご興味がある方は“歌舞伎美人(かぶきびと)”という松竹のサイトをご覧ください。